採用難の現在では、引き止めることを目的として「退職したら、損害賠償を払ってもらう」と言う企業もあるようです。
このような発言の多くは単なる脅しですが、なかには本当に損害賠償を請求されるケースもありますから、ルールに沿って退職する必要があります。
ここでは退職の際に損害賠償を払う必要があるのか、また退職の基本的なルールについて説明します。
退職したら会社から損害賠償は請求されるのか
退職する場合、実際に損害賠償を請求され、支払わなければならないケースはあるのでしょうか。
実際には請求そのものが法令違反となる場合も多く、損害賠償が請求できる場合でも手間がかかります。
そのため、実際に請求されるケースは少ないでしょう。
退職手続きに問題なければ、そもそも請求できない
退職する際は、前もって退職届を直属の上司に提出する等、届け出をしておくことが必要です。
この手続きに問題がなければ、そもそも損害賠償の請求はできません。
では最低でもどのくらい前に申し出なければならないかというと、以下の通りとなっています。
- 契約社員の場合は、契約更新時の1~2ヶ月前
- 完全月給制(遅刻や欠勤による減額がない)正社員の場合は、給与計算締め日の15~16日前
- 完全月給制以外の正社員は、退職予定日の2週間前
就業規則に記載されているルールに従って手続きを
また就業規則に退職を申し出る時期が記載されている場合も多いです。
この場合、退職日1ヶ月前の申し出という程度ならば、就業規則の規定にも従わなければなりません。
しかし、3ヶ月も前に申し出なければならないという規定であれば、そのような就業規則に従う必要はありません。
というのも、法律上では14日前に退職の意思表示をすれば退職できると定められています。
民法では期間の定めのない雇用契約については、解約の申し入れ後、2週間で終了することとなっており、会社の同意がなければ退職できないというものではありません。(民法第627条)
就業規則に則って手続きを進めていくのがベストではありますが、もしものときのために民法の存在は把握しておきましょう。
契約社員は中途解約すると損害賠償の可能性がある
契約社員の場合、契約期間中は原則として仕事を続けなければなりません。
そのため、契約更新時よりも前に退職する場合は、損害賠償を請求される可能性があります。
もっとも後で説明する通り、実際に損害賠償をするかどうかと言われれば、そのような事態にならない可能性は高いでしょう。
しかし本来は認められない辞め方ですから後にしこりを残さないよう、円満退職に努めることが重要です。
契約社員が契約更新時に退職を選択することは自由
契約社員が契約更新時に辞める場合は、これを会社が拒否することはできず、損害賠償金を払う必要もありません。
たとえあなたの退職がきっかけで会社が倒産しても、あなたに責任はありません。
これは正社員として雇用しなかったり、代わりになる要員を育成しなかった会社の責任です。
提示された労働条件が異なる場合は即日退職可能
もし入社前に会社から提示された労働条件と、実際の労働条件が異なる場合は、それを理由として即日退職することができます。
これは労働基準法第15条に定められています。
第十五条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
○2 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
○3 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
これはどのような雇用形態であっても可能です。
そればかりか、もし就職のために遠方から転居した従業員の場合は、会社から帰郷するための旅費も受け取れることになります。
ケースとしてはあまり多くないですが、知識として身につけておきましょう。
損害賠償可能なケースでも請求しない場合が多い
ここまで説明した通り、会社側が従業員に対して、退職することを理由に損害賠償を請求できるケースは極めて限られています。
現実的には、以下のどちらかのケースに限られるでしょう。
- 従業員が突然無断欠勤したまま、ずっと出社してこない
- 契約社員が労働契約を中途解約してきた
ただし、実際に損害賠償するケースは少ないでしょう。
会社側が損害賠償の請求に踏み切らないのは、主に以下の理由によります。
- そもそも従業員が欠けても業務を遂行できる体制を整えるのは、会社の責任
- 賠償請求できる金額が少なく、もし従業員が争ってきた場合は回収額が手間に見合わない
- 請求が認められても、従業員にお金がなければ回収できない
そのため、多くの場合で「辞めたら損害賠償する」ということは脅しですから、辞める側は気にする必要はありません。
会社に対して、損害賠償を支払うという意思表示をしないようにすることも大切です。
予め損害賠償の金額を定めることはできるか
皆様のなかには、あらかじめ就業規則に損害賠償の規定を記しておけば、退職の際に損害賠償を請求できると考える方もいるかもしれません。
そもそもこのような規定は有効なのでしょうか。
予め損害賠償を払わせたり、金額を定める就業規則は無効
就業規則であらかじめ退職した場合の損害賠償を規定したり、退職した場合は研修費用を弁償するといった規定は無効となります。
労働法では、労働者が不当に会社に拘束されることのないように、労働契約を結ぶときに、会社が契約に盛り込んではならない条件も定められています。
① 労働者が労働契約に違反した場合に違約金を支払わせることや、その額をあらかじめ決めておくこと(労働基準法第 16 条)
たとえば、会社が労働者に対し、「1年未満で会社を退職したときは、ペナルティとして罰金10万円」「会社の備品を壊したら1万円」などとあらかじめ決めておいたとしても、それに従う必要はありません。
もっとも、これはあらかじめ賠償額について定めておくことを禁止するものですので、労働者が故意や不注意で、現実に会社に損害を与えてしまった場合に損害賠償請求を免れるという訳ではありません。
従って就業規則に基づいて会社から請求された場合でも、支払うべきではありません。
一旦支払ってしまうと取り戻すには手間がかかりますから、支払わずに弁護士等の専門家に相談しましょう。
就業規則に書けることは故意や重大な過失による損害賠償のみ
ここまでの説明の通り、退職によって会社がこうむる損害を賠償する規定が設けられていても、それは無効となります。
就業規則に書けることはただ1つ、「従業員の故意や重大な過失によって会社に損害を与えた場合は、損害を賠償する」ということだけです。
これ以上の規定を盛り込んでも無効となりますから、規定を定めるだけ無駄です。
損害賠償を請求される可能性があるケース
あなたが退職する際に会社から損害賠償を請求され、しかもその請求が認められる場合があることには注意が必要です。
それは退職することとは別に、あなたの故意や重大な過失により会社に損害を与えた場合です。
もっとも請求されたからといって、その通りに支払う義務はありません。
請求が不当と思われた場合は支払わず、弁護士等の専門家に相談することが重要です。
退職時のトラブルはひとりで悩まず専門家に相談を
ここまでの説明の通り、退職したら損害賠償を支払うべきケースはほとんどなく、また就業規則に定められていたとしても支払う義務はありません。
そうは言っても、実際に「退職したら損害賠償を請求する」と言われれば不安になるものです。
このような場合は一人で悩まず、早めに弁護士等の専門家に相談すると良いでしょう。
専門家が間に入ることで、会社からの嫌がらせが止まることも少なくありません。
それどころか、在職中に残業代の不払いやパワハラ等が行われていた場合は、逆に会社に対して金銭の支払いを要求することもできます。
安心して退職し次の職場で活躍していただくためにも、専門家への相談をおすすめします。